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長 谷 川 正 允 の ブ ロ グ !

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カテゴリ:いろいろ( 11 )

デジタル一眼レフ その2

先日、カメラウーマンというのか、女流カメラマンになった友人のお嬢さんが、代官山あたりでポートレイトを撮ってくれるというので、そのようなことははじめてでしたが、楽しく撮っていただきました。

撮影中、くしゅっ、くしゅっ、というシャッター音にしだいに心を奪われはじめていましたが、ロケ終了後、軽く一杯やりながら、それがNIKON D810 だとおしえてもらってすっかり気に入り、価格もだいぶんこなれて来たこともあり、およそ2年半ぶりになりますが、愛用していたD2Xを買い換えました。

およそ200gほど軽くなり、この連休は、どこへ行くにも持って歩いています。

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ランニングシューズを探しに行った三井アウトレットパーク横浜ベイサイド






by paveau | 2017-05-06 05:11 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

謹賀新年 2016

新年あけましておめでとうございます


ことしもどうぞよろしくおねがいいたします


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2016.01.01 小山八幡 初詣

Nikon D2X, AF-S Nikkor DX 10-24 f3.5-4.5, Sunpak B3000

manual mode 10mm,s1/60,f4.5







by paveau | 2016-01-02 00:55 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

須賀敦子の世界展@神奈川近代文学館

一昨日の日曜日、11月1日ライブ予定のバンド・リハの後、大急ぎで横浜、神奈川近代文学館で開催中の「須賀敦子の世界展」へ出かけました(11月24日まで)。
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今年最大級の台風19号通過直前でしたが、港の見える丘公園はまだほとんど風もなく、わずかに小雨程度。

この天気だし、もしかしたらと願掛けしたのが叶ったのか、須賀敦子展にほかの来場者の姿はなく、想像以上に充実した展示に惹きこまれながら、閉館時間まで、あっというまの1時間あまり、幸運にも「貸切」で鑑賞できました。



須賀さんの文章をはじめて読んだのは1970年代の終わり頃。a+u という建築雑誌に掲載された Aldo Rossi の建築論の翻訳でした。当時学生だった僕は、てっきりイタリア所縁の女流建築家か、建築研究者だろうと勝手に思い込んでいました(そういえば、このことを後日、同誌中村編集長にお話した時、とても愉快そうに笑ってらっしゃいました)。



その後、僕自身がローマ留学から帰国した後ですが、オリベッティ社刊行の「Spazio」誌に掲載したエッセイなど、須賀さんの文章を時おり拝読するようになって、モランディの絵のような、日常のできごとのなかの深い余韻のようなものを感じていました。

かねがね、どんな人だろうと思っていたので、「ミラノ霧の風景」は出版直後に読み、深い感銘を受けました。

仕事でときどきお世話になりまんざら知らないわけではない、大手の建築給排水衛生設備工事会社、須賀工業のご令嬢だと知ったのもその頃でした。




そんなことをいろいろ思い出しながらゆっくり鑑賞できました。

僕が須賀さんにはじめて出会った a+u はさすがに展示していませんでしたが(笑)、須賀さんの幼少期からの写真、コルシア書店から刊行した手作り感溢れる著作など、興味深い資料とともに、須賀さんがご家族に当てた旅先からの手紙がたくさんありました。なかでも、父上が薦めたエジンバラ旅行の便りに父娘のこころの絆を感じました。

上品なかわいらしい字を書く人でした。それから双子のような妹さんがいてとても印象的でした。

お目にかかる機会がないかなあとずっと思っていたのに叶わなかった人でしたので、ようやくお会いできたような気持ちになれた、とてもよい展覧会でした。





by paveau | 2014-10-15 07:50 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

東北小旅行

先週日曜、仙台で用事があったので、始発の東北新幹線で古川まで行き、JR陸羽東線、石巻線と乗り継いで3.11以降はじめて石巻へ、そして天気がよかったのでそのまま代行バスで女川まで出かけてきました。
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小牛田付近


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女川町の秋刀魚収穫祭


ふらりと一人旅をしたのはホントに久しぶり。

今回は余り時間がなかったので、またそのうち、平泉、気仙沼のほうへも出かけてみようと思っています。
by paveau | 2014-09-30 00:12 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

デジタル一眼レフ


フィルムカメラの時代に僕がニコン一眼レフ・ユーザー(F、FE、F801など)だったこともあって、息子は1年半ほど前、はじめての英国一人旅のためにそれまで使っていたリコーのコンデジでは役不足と思ったか、我家初のデジタル一眼レフ、D7000を手に入れ、旅とともにみるみる写真好きになり、勢いに乗ってさらにほんの数ヵ月で、D600に買換えたのでした。


僕はデジタルになってからは、大きくて重いデジタル一眼レフは値段も高いし、仰々しいなと思って手を出さず(笑)、もっぱらコンデジ(ixy digital) やミラーレス一眼(LumixGF2)を使っていました。

それでもむかし愛用していた手持ちのニッコール・レンズがそのまま使えるとあって、ときどき息子のD7000、D600を借りて写真を撮ってみたりはしていました。そして次第に、もちろん画質の違いに驚いたこともありますが、なによりやはり、鮮明な光学ファインダーを覗いて写真を撮る楽しさがじわじわと蘇ってきたのでした。



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船舶修理工場@港区海岸


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取壊中の都営宮下町アパート(店舗棟)@渋谷


それで、新宿に用事があるとカメラ屋を覗くようになり(笑)、ひと月ほど前、とてもきれいなD2xをみつけ、すっかり気に入って手に入れました。

買った足で、歩いて5分ほどのニコン・サロン@新宿西口へ。

出かけたのはたぶん20年以上ぶり、もう修理部品がないことも承知のうえで中古で買ったD2x、購入前に自分なりに思いつく限りの動作確認などしたものの、深刻な不具合があれば2週間以内は返品OKとのことだったので、何かあるといけないと思って、30分ほどの即日点検(無料)をしていただきました。

久しぶりに訪れたニコン・サロン、むかし僕がよく出かけた頃とは場所も移ったし(昔はたしか住友ビルだったような気がします)、働いてらっしゃる人たちも当然違うわけですが、いまなおあの頃と同じ、デジャヴな雰囲気を感じました。

僕のD2x、メーカー点検でわかったことは、CFカードスロットの1番ピン(gnd)が曲がってることでした(笑)。でも機能に影響ないので、そのままお使いください、とのことで、そのほかはすべてOKでした!

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CFカードスロットの1番ピン(写真上段左端)がたしかに左へ曲がっている(笑)。



CFカードは割高なので、CFカード・アダプターに32GBのSDカードを差して使っていますが、400枚ほど撮影して、今のところ特に不具合はないです。

D2xの詳しいことはまだまだよくわかっていませんが、すこし使ってみて、とてもまじめな写りだな!といった印象です。

ただいま、いろいろ研究&練習中です!

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庭に咲いたルリマツリ


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秋のバラ


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ハナミズキ



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ハナミズキ #2




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ハナミズキ #3




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銀杏




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雨落 有時庵@御殿山 (設計:磯崎新,1992)

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鈴木大拙館の庭 (設計:谷口吉生,2011)


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金沢21世紀美術館(設計:妹島和代,2004)
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D2x・28mmf1.8(左)と 息子のD600・16-35mmf4(右)

余談ですが、彼のD600は運よくローパスフィルターのゴミはほとんど出ていません。








by paveau | 2014-09-25 12:43 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

マネーの進化史  ニーアル・ファーガソン

ニーアル・ファーガソン著「マネーの進化史」 the Ascent of Money / A Financial History of the World ,2008。日本語版 仙名紀 訳,早川書房, 2009

ハーバード大教授、歴史学者のニーアル・ファーガソンによるマネー・金融の世界史、全6章(+序章・終章)。古代からつい数年前までの、おおむね西欧からみた世界の歴史的なできごとを取上げながら、マネー・金融の変遷に焦点を当てて解説しています。
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金融関連の本を読むなんてことは滅多にないですが、リーマン・ショックの頃出版されて米国で(全世界で?)ベストセラーになり、日本でも話題になった本です。昨年末から電車の読書で読み始めましたが、門外漢の僕には馴染みのない専門用語など、サクサク読むというわけにはいかず、いろいろ調べながらようやく読み終えました。

スペインの南米征服、ナポレオン戦争、フランス革命、米国独立戦争、イギリスの香港統治、第1次大戦など、数々の歴史的出来事を金融の面から解説しているのがたいへん興味深く、近年では米国のハリケーン・カテリーナ後の保険システム不全、サブプライム・ローン破綻、中国の経済発展など、幅広い、豊富な話題が次々にでてきて読物としてもとてもおもしろかったし、いい勉強になりました。

読書中いろいろ調べていた際に、第1~6章をそれぞれ約50分にまとめた同名「マネーの進化史」DVD全6巻(原版制作2007。2009年国際エミー賞最優秀ドキュメンタリー部門賞受賞。日本語字幕版。提供:BBC ACTIVE。発行:丸善株式会社。各@30,000円 x 6巻=180,000円と事情はわかりませんがたいへん高価です!)というのがあることを知り、新宿区立図書館でみつけて、一番興味があった第5巻「家のごとく安全?」を観たところ、ファーガソン教授自身が出演していて、インタビュー映像があったり、内容も簡潔でわかりやすかったので、結局全巻観ました。こちらもおもしろかったです。
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「マネーの進化史」DVD第5巻「家のごとく安全?」

仕事がら、各種建築物建設の収支計画、旧住宅金融公庫融資からローン証券化へ展開した住宅金融支援機構のフラット35などの住宅ローン、耐震改修・バリアフリー化など各種補助金、等々、金融のお世話になっているわけですが、普段は融資のための設計基準などハード面から係ることが多いので、住宅ローンを扱った第5章を中心に、金融の理解がすこし深まりました。



備忘録を兼ねて記憶に残ったトピック(読書中のメモです)。

紀元前17世紀頃のメソポタミアの粘土板トークン(一種の代用紙幣)。13世紀イタリア、ピサのフィボナッチの算術書。高利貸とヴェニスの商人。14~16世紀イタリア、フィレンツェのメディチ家の隆盛と銀行網の誕生。17世紀からのオランダ、スウェーデン、イギリスの銀行業務の発展。16~17世紀にわたるスペイン王国の繁栄を支えた、南米(現ボリビア)ポタシ、メキシコのサカテカスからの銀の大量流入と価値下落による王国の衰退。18~20世紀の近代金本位制の確立から終焉まで。(第1章)

14世紀イタリアの都市間戦争にはじまる戦費調達、国家財政赤字を埋める債券市場の発達。フランス、イギリスといった王室の債務不履行。ナポレオンの敗北とロスチャイルド一族の台頭。米国南部戦争南部連合のポンド建公債とその暴落。19世紀南米諸国の債務不履行。第1次大戦敗戦後のドイツの超インフレ。現代の資産運用会社PIMCOと創設者ビル・グロス。(第2章)

16世紀末オランダの株式会社、株式市場の誕生、オランダ東インド会社VOC。18世紀フランス、ルイ王朝のミシシッピ・バブル崩壊とフランス革命。20世紀アメリカから世界へと広がったブラック・サーズデー(大恐慌)とブラック・マンデイ、近年のエンロン破綻。(第3章)

ハリケーン・カトリーナ(2005)後の米国の福祉制度機能不全。14世紀イタリアの海上保険誕生。イギリス、ロイズ・コーヒーハウスと火災保険の誕生(長谷川注:ニコラス・バーボンは記述なし)、17世紀の火災保険の確立。18世紀スコットランドの生命保険誕生。19世紀ビスマルクの年金と福祉国家。20世紀イギリスの福祉政策と戦後の経済停滞。戦前に発する日本の(体制順応主義の)健康保険・年金制度。フリードマンによるチリ軍事政権の年金改革と南米諸国への波及。1970年代以降のヘッジ取引とデリバティブ。(第4章)

20世紀米国の幾度かの経済不況と建設業破綻、特に世界恐慌後、ニューディール政策に発する持家民主主義の推進。1960年代デトロイトの人種差別的な居住地区線引。住宅ローン証券化由来の2007年のサブプライム・ローン破綻。1980年代イギリスのサッチャー政権による公共住宅払下げ。1980年代以降アルゼンチン、チリの不法占拠とデ・ソトの財産所有民主主義論。ボリビア、バングラデシュのマイクロファイナンス。(第5章)

第1次大戦による第1次金融グローバリゼイションの崩壊。1920年前後ロシア、中国、世界各国の債務不履行。第1次大戦敗戦後ドイツのスーパー・インフレ。第2次大戦後のIMFと世界銀行。ジョージ・ソロスによるヘッジ・ファンドの隆盛と再帰性理論。近年のグローバリゼイション状況のトピックともいえる中国が米国に融資する「チャイメリカ」。(第6章)
by paveau | 2014-02-01 18:42 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

Signal Sea Fury

今年の夏、久しぶりにラジコン・ヘリを飛ば(そうと?)したり、宮崎アニメ最新作「風立ちぬ」を観たり、所沢航空公園に里帰り中の零戦を見学したりして、自分が飛行機好きなのを思い出しましたが、青春時代、好きだった飛行機のひとつが、このSignal Sea Furyでした。
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(右上)「航空情報」誌1971年2月号グラビア・ページ
    (なつかしい!高校時代のスクラップを出してみた)
(左上)Birch Matthews,"Wet Wings & Drop Tanks",
    1993,p.164.
    (アメリカ大陸横断エア・レース1928-1970)
(右下)Don Berliner,"Unlimited Air Racers",1992,p.66,
   長谷川 註:写真は1967年大陸横断ハロルド・クラブ杯
   (約2,600km)優勝時のオーナー・パイロット
     マイケル・D・キャロル
(左下)High Planes Racers製1/72インジェクション・キット




中学・高校時代、航空雑誌をいろいろ読むのが好きで、特にアメリカ(やカナダ)で第2次大戦・朝鮮戦争後に民間に払下げられたレシプロ軍用機をリサイクル?して再開したアメリカ各地のエア・レースの記事が好きでした。

ホーカー・シーフューリー(Hawker Sea Fury)は、第2次大戦・朝鮮戦争期の英国レシプロ機には珍しい、53,600cc、3,000hpという大型のブリストル製空冷星型エンジン「セントーラス(ケンタウルス)」を搭載した艦上戦闘機です。

Signal Sea Furyは、カリフォルニア、ロング・ビーチ空港近郊シグナル・ヒルで、シグナル・トラッキング・サービスという家族経営会社を営む若社長マイケル・D・キャロル(当時31歳)が、カナダ海軍払下のホーカー・シーフューリーF.B.Mk.11をカナダ人パイロット、R.v.d.フェーケンから1965年夏に譲受けた機体で、取得時は赤地に金ストライプの塗装以外ほとんどストック(無改造)状態だったようです。

キャロルはカナダ(登録番号CF-VAN)から米国へ再登録(登録番号N878M)すると同時に、主翼スパンを約2m短縮、小キャノピー化、燃料積載量を約2.5倍に増強するなど、エア・レース仕様の大規模改造を実施、機首にホットロッド・スタイルの炎を描いた鮮やかな黄色のカラーリングなど、とてもインパクトがあるレース機が誕生したのでした。

キャロルは66年から、Signal Sea Furyを自ら操縦し、67年ハロルド・クラブ杯大陸横断エア・レースで優勝するのですが、翌68年P39を改造したレース機のテスト飛行中に事故死してしまいました。キャロルの死後、Signal Sea FuryはW.S.クーパーに譲渡されて"Miss Merced"と呼ばれるようになり、その後も、71年アルトンP51トーナメント・レース2位などの成績を残しましたが、そのクーパーも飛行機事故で死亡してしまいました。

そういえば、ロールス・ロイスの創始者の1人チャールズ・ロールズさんも飛行機が大好きな人で32歳で飛行機操縦中に事故死しました。

大空を飛びたい!という夢は僕も大好きでありますが、一方でイカロスの墜落を思い浮かべてしまうような、取り憑かれると、どこか狂気と背中合わせな夢だなとも思います。



それはそれとして。

今から40年以上前ですが高校3年だった1972年頃、当時フロッグというプラモ・メーカーからでていたホーカー・シーフューリー1/72キットを手に入れ、このSignal Sea Furyに改造、ちょっとずつぼちぼちと、たしかのべ1年ほどかかったと思いますが、はれて完成しました。

大学に進み、理工学部には模型研究会があって僕も入ったのですが、航空機メーカーでF-4EJなど自衛隊機実機に係っているOBが何人かいらしたり、模型雑誌の作例で有名な人もいらしたりと、かなりハイレベルな同好会でした。入会まもない1年生の夏休みに展示会があって、僕はこのフロッグ1/72改造のSignal Sea Furyを出品したのですが、展示会終了撤収時になんと紛失、関係者の皆さんにずいぶん探してもらったりもしましたが、二度と僕の元へは戻ってきませんでした。かなりショックでしたが、まあ、誰かが気に入ってくれて大事にしていてくれればいいかと思うことにしました。

その後、ホーカー・シーフューリーはいろんなプラモ・メーカーから1/48のキットも発売され、いずれ1/48でSignal Sea Furyを作ろう!と思って、たまに資料など見つけると手に入れたりしているのですが、先日偶然、ネットでいろいろ飛行機のことを調べていたら、1/72のSignal Sea Furyのキットをシンガポールのガレージ・メーカーHigh Planes Racersが販売しているのをみつけ、懐かしさのあまり思わず買ってしまいました(残念ながらあまりお勧めできるクオリティではありません)。別メーカーの1/32の精密なガレージ・キットもあるようですが、実機は単発単座レシプロ機にしては大型なので、つくるとあとがたいへんだろうと思います。
by paveau | 2013-08-30 19:02 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

零戦

所沢の航空公園で展示中の零戦をみてきました。

世界にただ1機だけ現存する、オリジナル中島栄21型エンジンを積んで、飛行可能な零戦52型です。航空機が好きなかたはこの機体、61-120号機(製造番号5357)をご存知のかたも多いかと思います。
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宮崎監督最新アニメ「風立ちぬ」をみて、僕がいちばんがっかりだったのは、いちばん盛り上がるはずの、風が立つ瞬間!といいますか、監督が描いた「白い飛行機」の飛ぶさまにまったく感動しなかったからでした。こういうのはホント理屈じゃないです。

「風立ちぬ」をみて感動したという、飛行機・ラジコンヘリ好きの建築家Mさんと先日、一晩2人でまったりと一杯やりながらそんな話しをしていて、零戦大好きな彼が絶対観に行くのがいい!(彼は「零戦に会いに行く」と言います)というので、所沢まで出かけてみた次第です。

「美しい飛行機」ということで考えますと、子供の頃からどうも、カウル付の空冷星型エンジンのシルエットがあまりピンとこなかったといいますか、しかも旧日本軍の黒塗りカウル軍用機を美しいと思って見たことがなく、零戦は僕にとって、単に数ある傑作レシプロ戦闘機の1つでした。

今日は、最近写真に夢中になっている息子のデジタル一眼nikon D600を借りて、零戦の写真をたくさん撮りましたが、このアングルがいちばんよく撮れたように思います。



見学後、この零戦52型61-120号機のことを少し調べてみました。

1943年5月中島飛行機小泉製作所製、旧海軍第261航空隊所属、44年3月サイパン島配備、同年6~7月米軍上陸・陥落の際、米海兵隊が捕獲した零戦13機?、97式3号艦攻1機のうちの1機(他、エンジン7基?、保守部品多数)。同年7月米海軍空母コパイ(Copahee)でサンディエゴへ輸送。約4ヵ月に渡って軍の評価試験が行われた。

戦後、民間払下、57年アリゾナのPlane Of Fame 航空博物館が取得。77年、栄21型エンジンをレストア、78年6月、米国にて33年ぶりの61-120号機レストア・フライト。同年7月日本へ里帰り輸送、木更津基地にて国内初レストア・フライト。同年8月~79年1月にかけて国内各地を記念飛行しました。

61-120号機は78~79年里帰りの後、1995年にも里帰りフライトをしましたが、個人的に感慨深かったのは、里帰りフライトで操縦したのが、Plane Of Fame 航空博物館の館長スティーブ・ヒントンさんだということでした。

僕の青春時代、1970~80年頃のアメリカのエア・レース、スピード記録なとで活躍した伝説のパイロット、スティーブ・ヒントンさんのことを書き出すときりがないので、この話はまた、別の機会にいたします。
by paveau | 2013-08-24 21:06 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

ガマの親分さん

もう何年も前から庭に、(環7の内側にしては?)大きなガマガエルが棲んでいて、初夏や初秋の夜に時折出てきます。一昨年9月だったか一度写真を撮ったことがありました。

たぶん同じガマさんだと思うのですが、先日夜帰宅したとき久しぶりに遭遇したので、昔からお気に入りのAi-s micro-nikkor 55mm f2.8(30年ほど前に買ったマニュアル・フォーカスのマクロ・レンズ)で撮ってみたくなり、息子のニコンD7000を拝借して撮ってみました。内蔵ストロボの光量調節の仕方がわからず発光しすぎですが、さすがにきれいに撮れます。デジタル一眼はでかくて重いのであまり興味ありませんでしたが、ちょっとほしくなりました。
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さて。
滅多に見かけないガマさんですが、その翌日の夜帰宅すると、今度は玄関の真ん前にいて、どいていただこうとしたら、ひっくり返って固まったので、暑さで死んでしまったかと思い、本気で心配しました。
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ところが、しばらく観ていたら、おもむろにむくっと頭を上げて、こっちを見てニコっと笑うんです。
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あわててカメラを取りに行って55mm macroを付けたD7000で撮ろうとしたのですが、暗がりの中、ガマさんが動くので浅いピントをあわせる事ができず、あきらめて自分のミラーレス(パナLumixGF2)で撮りました。

なんやかんや、手際が悪く5回くらい付き合ってもらったでしょうか、ガマさん最後は嫌になったのか、ダッシュで逃げてしまいました。逃足けっこう速かったです。
by paveau | 2013-07-18 01:29 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

杏 今年の初収穫

息子が小学生の頃、品川区の植樹祭へ一緒に出かけて、運よく最後に1本残っていた、杏のちっちゃな苗木をいただいてきまして、玄関先に植えたのですが、すくすく育って早いものでもう樹齢12年ほど、数年前から毎年、この時期になるとたくさん実がなるようになりました。
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夏ころまで何回かに分けて実を採り、ほとんど杏ジャムをつくりますが、ジャムをつくる途中、つまみ食いといいますか、軽く煮込んだ、味付前の杏の素煮込?を、ヨーグルトに混ぜたり、ウォッカや焼酎に落としたりすると、新鮮な風味と酸味があって、とてもおいしいです。
by paveau | 2013-06-07 02:05 | いろいろ | Trackback | Comments(0)