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長 谷 川 正 允 の ブ ロ グ !

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キース・ジャレット  Keith Jarrett

JAZZというジャンルにとどまらないユニークな演奏で広く知られるキース・ジャレット(pf)。ウィキペデイアによると、彼の海外公演が一番多い国は日本だそうで、ファンのかたも多いことと思います。

そんな彼がジャック・ディジョネット(dr)、ゲイリー・ピーコック(b)と、いわゆる「スタンダーズ・トリオ」を結成し、アルバム"Standards, Vol. 1、 Vol. 2 (いずれも1983年, ECM)"を発表してから、今年は30周年! 

ということで、5月に渋谷オーチャードホールで3日間来日公演をするそうです(キースさん自身の来日は3年ぶり)。

僕が初めて彼のライブを聴きに行ったのは1981年の武道館ソロ・コンサートでした。

彼のソロ演奏は、ライブ・アルバム"Solo Concerts:Bremen and Lausanne (1973年)"、"ケルン・コンサート(1975年)"、"サンベア・コンサート(1976年)(いずれもECM)などが有名ですが、ライブならではの、ステージ毎に展開する自由度の高い、ユニークなプレイ・スタイル、うなり声をあげながら、ときに中腰で足を踏み鳴らしながらピアノを弾き続けるパフォーマンスを生で観るのはなかなかご機嫌です。

今年は「スタンダーズ・トリオ」30周年!という来日公演でありますが、ちょうどアルバム"Standards, Vol. 1、 Vol. 2"が出た直後、1983年7月16日夜、彼がローマのカンピドリオ広場で野外ソロ・コンサートを行い、僕もちょうど留学中でしたが、聴きに行きました。写真はその時撮ったものです。
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Keith Jarrett Solo Concert at Piazza del Campidoglio,Rome. july 16, 1983


このカンピドリオ広場・ソロ・コンサートのライブ音源を先日偶然、YouTubeでみつけ、なつかしく聴きました。
by paveau | 2013-02-27 22:17 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

To Rome With Love (邦題:ローマでアモーレ)

昨年、イタリア、そしてアメリカと公開されたウッディ・アレン監督の新作、ローマを舞台にしたオムニバス・ラブ・コメディ「To Rome With Love (邦題:ローマでアモーレ)」ですが、日本でも6月公開が最近決まりました。

欧米では2月初旬にDVDが発売になり、amazon.uk で予約注文していた欧州版(region2/pal, 英語字幕付)が昨日届き、先ほど観ました。
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W.アレン監督が好きでほとんど全部観ているという友人の勧めで昨年観た「Midnight In Paris (2011)年」に続く作品ですが、僕自身はW.アレン作品は今まで4,5作しか観たことがなく、彼がローマを舞台にした映画を撮るとどんなになるのかなと楽しみにしていました。

ロベルト・ベニーニはじめ男優も、ペネロペ・クルスはじめ女優も、登場人物たち、それぞれみな個性的でおおむね楽しく、初老の男二人、音楽ディレクター(久々に自作に出演したW.アレン)と建築家(A.ボールドウィン)がしみじみしてるね、といった映画です。

初老の男ということではもう一人、葬儀屋役で出演しているテノールのオペラ歌手、ファビオ・アルミリアート(Fabio Armiliato)が、どこかシリアスな存在感があってこの映画でいちばんよかったです!

期待していたもう一人の初老の男、普通のサラリーマン、R.ベニーニは、お気に入りの役者さんですし味わいあるものの、今回は意外とちょっと地味でした。役処的にはじけようがなかったのでしょうか?

英語字幕を表示しても細かい会話が多くてついていけなかった(たぶんそもそも?日本語字幕でもついていけない!)ので、また、そのうち観ようと思います。


以下、余談です。
若い頃トラステーヴェレで1年暮らしたという初老の建築家(A.ボールドウィン)がバカンスで30年ぶりにローマを訪れ、昔の自分に出会う(!)という話。彼が発する"Ozymandias Melancholia"という言葉が、ちょっと記憶に残りました。
映画を観るまでこのエピソードの詳細は知りませんでしたが、奇しくもローマ留学30周年の僕はといいますと、いまのところ sentimental journey to Rome !?という気分ではなくって、建築家の メランコリー (Melancholia) と聞いて思い浮かべるのは、いまなお、A.デューラーの Melencolia です。
by paveau | 2013-02-17 01:37 | 映画 | Trackback | Comments(0)

日本の民家 (その3)  今和次郎

考現学、生活学を提唱した今和次郎教授は僕が入学した年の秋に亡くなり、残念ながら生前お目にかかる機会はありませんでしたが、その1,2年前、建築の勉強を始める前の高校時代のある朝、NHKTVのインタビューにジャンパー姿で出演し、考現学のことを楽しそうに解説する今教授を偶然拝見したことがありました。
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今和次郎著「改稿 日本の民家」(相模書房初版,1943年8月)

先日、二川幸夫「日本の民家 1955年」展で記念開催された二川さんの講演を聴いて、「日本の民家」についてあらためて考えてみるいい機会だと思い、この連休、久しぶりに今和次郎著「日本の民家(岩波文庫版,1989年)」を読み直しました。
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今和次郎著「日本の民家」のオリジナルは1922年出版で、僕が学生時代(70年代)に読んだのは同著改稿増補版(相模書房、1954年)でした。今回は岩波文庫版(藤森照信さんの解説付)のほか、解説書として川添登著「今和次郎」(リブロ・ポート,1987年)も参考にしました。



今和次郎が柳田国男らとともに民家研究会「白芽会(はくぼうかい)」を結成、日本の民家研究がスタートしたのは1917年(大正6年)でした。当初は裕福な都市的趣味人・教養人が好んだ田園都市思想と未分化なところもあったようですが、やがて農林省委託と関係して中農・小農・貧農へより注目していき、同時に関東大震災(1923年)以後の考現学と共通する視点(ものへの即物的な注目など)も一連の民家調査をつうじて獲得していったと思われます。

この本に収録した多くの日本の民家のスケッチには、失われてしまった大正当時の農村漁村山村への郷愁が感じられて、それが大きな魅力のひとつですが、同時に都市と田園が急激に変貌しはじめたその時代に、住居とは?、豊かな生活とは?(改稿版序文に「家居生活も、生業生活も」とあるのが興味深いです)、都市とは?、人と自然の係わりとは?と問いかけ見つめ続ける卓越した視線としなやかな手の痕跡を強く感じます。


それから偶然見つけた瀝青会編著『今和次郎「日本の民家」再訪』(平凡社,2012)も面白そうだったので読んでみました。

この本は今和次郎が「日本の民家」(1922年版)で調査採集した民家約50例が現在どうなっているかを、現存資料等を参照しながら5、6年かけて再訪問・調査した報告で、たいへんな労作です。ところどころ意味不明な主張(今和次郎のニヒルの解釈など)もあったりしますが、読み応えのある報告書だと思いました。

興味深かったのは、今が採集した民家や集落がその後90年の時を経て、災害や国土開発、産業構造の変化などの要因で消え去り周辺環境もすっかり変わってしまった例もあるものの、逆に中農などの「普通の民家」の民家自体、その家族、その敷地、その集落構造など、緩やかに姿を変えつつ今日なおおおむね健全に生きながらえている例が予想以上に多かったという報告でした。
by paveau | 2013-02-11 19:55 | 建築の話題 | Trackback | Comments(0)

小津安二郎 (その2)

今日はサックス吹きの友人が10年来続けているJAZZグループ・レッスンに飛入参加することになり、門前仲町近くの江東区古石場文化センター付設の音楽スタジオへ出かけてきました。

as, ts(x3), tb, tpのjazz アンサンブルや、いろいろなコード進行のソロ演奏法のレッスンはとても勉強になります(初見演奏・読譜力不足は最重要課題です)。

それはそれとして。

古石場文化センターには、小津監督の出生地深川を記念して、生誕100年(2003年)の折に、ゆかりの品々を常設展示した小津安二郎紹介展示コーナーがあることを偶然知り、帰りにちょっと見学してきました。
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今年は生誕110年、開設10周年を迎えた同センターではこれまで、小津監督の特別展や、小津作品をはじめとする連続映画上映会、監督と親交があった中井貴恵さんの小津作品朗読会など、イベントも開催していて、昨年10/20~今年2/16にわたり連続講演会「今、小津安二郎を語ろう」(全5回)を開催中のようです。

jazzレッスンのG先生(ts,fl)も大の映画好きのかたで、小津作品のDVD、ビデオはほとんど持っているとのこと、昼食は小津映画の話で盛りあがりました。
by paveau | 2013-02-09 19:07 | 映画 | Trackback | Comments(0)

小津安二郎

週末に久しぶりに小津監督の晩年の作品「お早よう(1959年)」を観ました。

この映画を撮った頃、小津監督はすでに独特な映像表現、特に、床に座るなど日本の生活様式に由来する空間描写、いわゆる小津スタイルを確立し、代表作「東京物語(1953年)」が英国で映画賞を受賞したり、また文部大臣賞受賞するなど、国内外で巨匠として評価され、円熟期を迎えていました。
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小津映画、特に晩年の作品というと、ホーム・ドラマであっても大学教授、会社重役、その令嬢といった、エリートな登場人物のストーリーが多い印象があるのですが、この「お早よう」は戦後1950年代後半の新興住宅地を舞台にした、ごく普通の庶民の生活を描いた「普通の娯楽映画」です。なのにといいますか、豪華キャストや凝った小道具、カラーになってからの色彩感、諸々の映像スタイル、音楽は黛敏郎など、文芸映画のように撮っているところが独特で面白いです。

人々の娯楽として映画が黄金時代を築いた一方で、家庭に電気製品、とりわけTVが普及し始めるという、「映画」にとってはドラスティックな試練がおとずれようとしていたことも予感させます。

男の子の兄弟を主人公にした小津映画としては、白黒サイレント時代の名作「生まれてはみたけれど(1932年)」があり、「お早よう」はそのセルフリメーク的な印象もあります。戦前、戦後を通して和洋折衷折合いを付けながら人々の暮らしに根付いていた和服、和室の生活はこの映画でも健在ですが、それらをほとんど目にしなくなった今日の眼で見ると、圧倒的に日本的なものを感じます。

「お早よう」は、新興住宅地の木造庶民住宅の内・外部シーン、佐田啓二の鉄筋アパートメントの共用廊下・住戸内シーンをセット撮影したらしいのですが、今回久しぶりに観直してみて、障子、襖、勝手口ガラス戸、玄関扉など、室内空間の多くをありふれた建具で構成しているのがとても印象的でした。鉄筋アパートメントでさえも、主要室は襖で仕切った2間続きの和室ですし、バルコニーに面する(おそらくスチール・サッシの)硝子窓には、障子が入っている(14min付近、63min付近)。木造庶民住宅の玄関扉は外開き、鉄筋アパートメント玄関ドアは内開きなのも、さすが凝ったセットだなと思いました。



イタリア留学中の僕の師匠だった建築家コスタンティーノ・ダルディ教授(以下、ニーノ)は、当時ヴェネチア・ビエンナーレ映画部門の委員をしていて、ヴィム・ヴェンダース監督と親しく、また小津映画も大好きでした。僕も多少はヴェンダース映画、小津映画を観ていたので、ニーノとはオヅ映画がなにかとよく話題になりました。そして、ちょうどその頃、ヴェンダース監督がオヅへのオマージュ「東京画(1983年)」を撮ってるんだという話をニーノから聞いたのでありました。僕自身、それまでもちろんお気に入りの映画ではあった小津映画に、より深いオマージュを抱くようになったのは、この頃からだと思います。

「小早川家の秋(1961年)」は留学中にローマのシネクラブで(おそらくインテリ層の)満員のイタリア人オヅ・ファンに囲まれてはじめて観ましたが、上映中、普通におかしいところで思わず笑ったのが僕だけだったこと、一瞬にして自分が日本人であることを意識したことを覚えています。「東京画」は帰国後日本で観ましたが、その頃、蓮見重彦さんの「監督 小津安二郎(1983年,筑摩書房)」が出版され、小津映画の楽しみ方がいっそう深まったように思います。

余談ですが、「東京物語」「お早よう」で警官役の俳優、諸角啓二郎さんは、僕の大学時代からの親しい友人(イタリア留学も同時期)の父上でして、いつもこれら小津映画を観るたびに、この友人を羨ましく思います。


by paveau | 2013-02-05 00:55 | 映画 | Trackback | Comments(0)