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長 谷 川 正 允 の ブ ロ グ !

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イタリアの葦葺き民家

ミケランジェロ・アントニオーニ監督(1912-2007)といえば1960年代、「情事 L'avventura , 1960年」、「夜 La notte , 1961年」、「太陽はひとりぼっち L'eclisse , 1962年」、「赤い砂漠 Il deserto rosso, 1964年」、「欲望 Blow-up, 1966年」などが有名で、ファンのかたも多いと思います。


イタリア映画史やネオレアリスモ関連の映画批評、監督の伝記などを読みますと、必ずといっていいほど彼の最初期の短編作品「ポー河の人々 Gente del Po, 1943-47」のスチール写真を掲載しています。その写真にはイタリア・ヴェネト地方の葦葺きしかも外壁も葦でできた民家が数件、そこで暮らす人々とともに写っています。
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ピエール・ルブロオン著、矢島翠訳「アントニオーニ」1969、三一書房、p.96後のグラビア・ページ


この映画は、第2次大戦末の混乱期、30歳だった頃のアントニオーニ監督の作品で、ポー河下流デルタ地帯の回船業者や漁民を約1ヵ月にわたって撮影したドキュメンタリー映画です。監督自身、民衆の悲惨を主題とした叙事志向なドキュメンタリー作品をめざしていたと回想しています。短編映画2巻に編集する計画で撮影は完了しましたが、運悪くちょうどファシスト政権が崩壊する混乱の時期に重なり、ローマ・チネチッタは閉鎖、映画製作施設・資材がヴェネチアへと移転したあいだに、撮影済フィルムの大半、特に重要だった、ある村で撮影した全シーンが失われて、戦後残されていた300mのフィルムを編集した作品だといわれています(前掲書pp.25-27)。

最近はじめてこの「ポー河の人々 Gente del Po, 1943-47」をyouTubeで観ることができました。戦後わずかに残されたフィルムを編集したというこの作品、youTube動画がそのすべてかは定かでありませんが、葦葺き民家のシーンは短い時間ですが最後のほうにでてきました。

1943年撮影ですから今からちょうど70年前、ある意味たった70年前!のその頃なお、ポー河河口デルタ地帯では葦葺きの民家で生活する人々がいたことを知る貴重な動画映像です。屋根と外壁が藁でつくられていて、この地方独特な外観の炉の煙突が、そして炉周囲の外壁も同様かどうか画像が不鮮明なので断定できませんが、レンガ積(漆喰塗り?)でつくられていたことがわかります。


はじめて観たアントニオーニ作品は、僕がプログレ・バンドをやっていた高校時代に観た「砂丘 Zabriskie point、1970年」でした。ピンク・フロイドの初期名盤「ウマグマ」に続くアルバムがサントラだったので、ピンク・フロイド、ジェリー・ガルシアほかが音楽担当した映画!ということで、映画のほうも公開後ほどなく観ましたが、当時いまいちピンと来なかった、といいますか、「イージーライダー」を難解にリメークしたような印象でありました。それがトラウマになったか、それ以降観たアントニオーニ作品は全般的にわりと苦手です。
by paveau | 2013-03-31 14:14 | 建築の話題 | Trackback | Comments(0)

にがい米 Riso Amaro 1949

G.デ・サンティス監督「にがい米(Riso Amaro)1949, 日本公開1952」は、イタリア・ネオレアリスモ映画(としては異色)ヒット作のひとつなので、どんな映画か、各種解説書のスチール写真やあらすじなどで漠然と知ってはいましたが、映画館でどころかビデオでもなかなか観る機会がありませんでした。

すこし話がそれますが、最近tsutayaでは、探しているレンタルDVDをどの店舗で在庫しているか、オンラインで簡単に調べられるようになり(tsutaya search)、「にがい米」を探したところ、近くの店にはなかったものの、次世代のtsutayaといわれる評判の店!「代官山蔦屋書店」が在庫していることがわかり、以前から一度行ってみようと思っていたので、借りに行ってきました。
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「代官山蔦屋書店(2011、KDa + RIA 設計)」は、ヒルサイドテラスの並び、デンマーク大使館のはす向かい(いずれも槇文彦設計)にあって(水戸徳川屋敷跡地らしいです)、レンタル部門のスペースはごく一部といった印象といいますか、どこにでもある街のtsutayaとは一線を画する業態です。tsutayaさんも創業30周年!のようですが、いろいろな専門店・飲食施設も併設されていて、広い駐車場などもあって、バブリーな雰囲気もあって、とても賑わっていました。


それはそれとして。


「にがい米」は、北イタリア、ミラノとトリノのちょうど真ん中あたりに位置する、ポー河流域の米作地帯ヴェルチェッリ県リニャーナを舞台にした、出稼ぎ季節労働者の田植え女たちとそこへ紛れ込んだチンピラ男とその情婦といった人物が登場する、ちょっと寓話的なメロドラマです。
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Bianconero rosso e verde, immagini del cinema italiano 1920-1980,1983, Usher, p.109


ネオレアリスモの異色作だと感じたわけは、出稼ぎ女子労働者たちの悲哀をドキュメンタリータッチで描いてはいるものの、ヒロイン、シルヴァーナ(シルヴァーナ・マンガーノ)がとてもストレートに色気あふれるキャラクターだからでした。ドキュメンタリータッチな社会派なテーマを描きながら、ヒロインがアメリカンなブギー・ダンスが好きで、ストーリーの要所で彼女がブギーを踊ると実に効果的にしかも心地良く盛り上がっていく、これこそ「映画の快楽」だねといいたくなるような、この映画の魅力だな、とはいえこの魅力ってネオレアリスモなのか?

むしろ、このあたりが不整合なまま作品になっていることのすべてがこの映画の魅力なのかもしれません。

余談ですが、撮影ロケ地となったヴェネリーア農場(CASCINA VENERÌA)は、そのウェブサイトで「にがい米」ロケのことを紹介しています。
by paveau | 2013-03-25 01:53 | 映画 | Trackback | Comments(0)

阿佐ヶ谷住宅

旧日本住宅公団が1958年に分譲した阿佐ヶ谷住宅(杉並区成田東/350戸)は、数年来、再開発事業を進めていますが、3月末まで中央広場をお花見のために一般開放してくださっていることを知人に教えてもらい、お花見をかねて出かけてきました。

居住している人はすでに見あたらず、時間が止まっているような日溜まりのなかで、ここちよいひとときを過ごすことができました。建物の大きさや配置、隣棟間隔、みちや植栽など、とても親しみやすい、落着いた場所でありました。
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傾斜屋根のテラスハウス棟(前川國男設計)
by paveau | 2013-03-23 22:37 | 建築の話題 | Trackback | Comments(0)

サヴォア邸 Villa Savoye その2

最近のサヴォア邸の写真をみて、僕が学生時代に訪れたとき(1978年)と細部があちこち異なるのに気づいたことは以前書きましたが、その後少し気になって、ときどきいろんな写真集などを観ていました。
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サヴォア邸 企画・編集・撮影:二川幸夫 ADA Edita Tokyo,2009年


先週急逝された二川幸夫さんが近年出版した大判のサヴォア邸写真集(ADA Edita Tokyo,2009年)を観ていたら、僕が訪れた頃と同じリビングの古い照明器具が写っている写真(p.43)をみつけたりして、二川さんはサヴォア邸へもきっと何度も撮影に行ったんだなと感慨深く思いました(生前、去る1月の講演会でラ・トゥレットへは26回行ったが未だにわからないところがあるんだ!とおっしゃってました)。

さて、サヴォア邸は、保険業を営む裕福なサヴォア夫妻の週末住宅として設計・建設された500m2超(屋上庭園等を含むと約1000m2)の大邸宅です。モダニズムを好んだエミリ夫人が実質的建主だったこと、1931年竣工直後からの雨漏りが原因で必ずしもル・コルビュジエとは良好な関係ではなかったらしいことが史料から知られています。

第2次大戦により夫妻は38年頃国外移住、大戦中は独軍が、引続き米軍が占拠、その後1945年頃から60年頃まで放置され、廃墟のようだったといわれています。その頃の荒れ果てたサヴォア邸の様子は、マグナムのカメラマン、ルネ・ブッリ(Rene Burri)の "Le Corbusier, 1959"という写真集などで観ることができます。

マグナムのweb site

60年頃、高校建設の際にサヴォア邸は取壊しの危機に遭いますが、ル・コルビュジエ存命中にA.マルロー文化相らにより、モダニズム建築初の文化遺産指定を受けて保存され、今日に至っています。現在は入場料を徴収して一般公開し、また、パーティ会場等として貸出したりもしているようです。



近代建築最高の住宅作品といわれるサヴォア邸ですが、興味深いことのひとつは、水平連続窓、竪割・横割、大判などいろいろな鋼製サッシ、RC造の床と柱による「ドミノ」式構造体を実現している一方で、外壁や3階ソラリウムの自立壁が、華奢なRC造リブで補強した、簡素な(そして伝統的な)レンガ積(または近代イタリアなどでは一般的な中空テラコッタブロック積?)でできていることです。

S.ギーディオンが約2年に及んだ新築工事中に現場を訪れて撮影した興味深い施工中の写真が、G.ポンピドゥ・センターの季刊誌「カイエ(Les Cahiers)no.82、建築特集、2003」に掲載されていて、それらがレンガ積であることが確認できます。このギーディオンが撮った新築時現場写真の1枚が、フランス文化センター le Centre des monuments nationaux の日本語解説pdfにも掲載されています。

またそれとは別に、イタリア人美術史家E.カメサスカ著"Storia della Casa(住宅の歴史),Rizzoli,1968"という住宅建築史の本をみていたら偶然、1967年頃撮影と思われますが、最初の保存修復工事が始まった頃のカラーの現場写真を見つけ、ソラリウムの自立壁の白い仕上左官材を剥がしたレンガ積の状態を知ることができました。
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Ettore Camesasca, "Storia della Casa",Rizzoli,1968,p.323

藤木忠善著「ル・コルビュジエの国立西洋美術館」(2011年、鹿島出版会、p.103)にも1965年著者自身撮影の「廃墟時代」の鮮明なカラー写真が掲載されています。


さて。二川さんのサヴォア邸写真集に戻りますが、近年撮影したと思われる写真をみますと、3階ソラリウム周辺の床(2階フラット・ルーフ)は砂利敷で、周辺部にはわずかな立上りしかなく、しかもよくみると、巻上げたアスファルト防水が露出しています(pp.73-75)。外壁についても、L-C全集第2巻掲載断面図などをみると、室内廻りの大半は空気層を設けて二重壁になってはいるものの、それらの外部側壁体や、2階テラス、3階ソラリウム廻りの自立壁はレンガ一重積に左官仕上げ、伸縮目地等みあたりません。屋上テラスや2階キッチン前のサービス・テラスには、何ヵ所か直径数cmのガーゴイルが外壁面から数〜十数cm突出していたり(p.14、p.18)、3階への外部スロープ上り口廻りに78年当時なかったグレーチング付トレンチを設置したり(p.70)していて、保存修復時の雨水処理のデザインが多少推測できますが、どの程度の、どんな方向の水勾配、雨水排水策をとっているのでしょうか?

それで美しい立面プロポーション、軽やかな2階リビング庇などを維持・実現しているわけですが、写真でみる限り比較的軽便な雨水処理・防水改修で対応しているようなので、もう雨漏りは解消したのか、たいへん興味深いところであります。







2013.11.12 追記
最近知りましたが、サヴォア邸の見学者用パンフレットに「廃墟時代」以降の改修工事の概略(4期に大別)が記載されているようです。最初の改修工事が1963~67年(カメサスカ前掲書掲載の改修工事現場写真がこのことです)、2回目が1977年から数年間(僕が訪問したのはなんとこの工事の最中!!だったようです)、3回目が1985~92(構造補強、防水、ファサード改修。友人が工事中で見学できなかったといっていた時期のようです)、4回目が1997年(塗装、電気設備など)。

竣工から20年ほどで戦争に巻込まれるなど廃墟と化したものの、後の50年間に4回、しかもそのうち2回はそれぞれ4~7年間もかけて維持・改修してきたことは、スクラップ・アンド・ビルドが建築の常識のようなわが国からみて、まったく異なる文化があるんだなと痛感します。建築物の保存だけでなく、「建築」の構法・技術的特質、文化制度的枠組、財源・所有管理運営形態、時間経過など、詳細な批評及び史料として記録し、議論するべきものなんだろうと思います。
by paveau | 2013-03-16 01:30 | 建築の話題 | Trackback | Comments(0)

トライバル・テック   Tribal Tech

昨年12年振りに活動再開したトライバル・テック(Tribal Tech)。

しばらく前からゲイリーさんの演奏を生で観たいなと思い、ときどき彼のウェブなどを読んだりしていたのですが、なかなか来日する話はありませんでした。

それが今年は3/7香港を皮切りにアジア・ツアを行うとのアナウンスがあり、ツア2日目3/8の一夜限り!東京公演@Blue Note Tokyo があることを知って、どうしても一度生で聴きたくて、その2nd ステージへ行ってきました。

僕は19時頃出かけたのですが、運よく受付順は20番、最前列ゲイリーさんの真ん前の席で聴くことができました。トライバル・テックはファンのかたが多いことは漠然とは知っていましたが、実際、1st、2ndともみた人もおおぜいいらしたそうで、隣席・向い席の人は朝10時から並んでたとか。ラッキーでした!

21時半すこし廻ってステージにメンバーが登場したときから、12年振り再結成に集まったお客さんで会場はもういい雰囲気に包まれていました。

超絶テクニック・フュージョン・バンドとよくいわれ、もちろんそれはそのとおりでありますが、ライブならではといいますか、想像していた以上にライブ・バンド的なノリ、ここちよいバンド・サウンドがあってとてもよかったです。カークさん(dr)ボーカルのシャフルなブルース・ナンバー"Boat Gig(Face First収録 1993)"もありました。12年振りの新アルバム"X/Tribal Tech 2012"からも、ちょっとユーモラスで情景描写的な(「コーンバター」など日本語でサンプリングしたラップ?入りの)"Com Butter"などが演奏されました。

ステージ開始からバンドとお客さんと一体となってノリノリで一気にアンコール"Face First(Face First収録 1993)"までご機嫌な演奏が続きました。

アンコールの後ビデオが流れ始めて一部のお客さんが席を立ち始めたのですが、昨夜はその後も長いあいだ拍手が鳴り止まず、もしかするとと思っていると、なんとメンバーが再び登場!会場は大いに盛り上がりました。そして2度目のアンコール"Big Wave(Illicit収録 1992)"でした!
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終了後にはサイン会もあって、ゲイリーさんとスコットさんに初めてお目にかかり、握手もしていただいて、ほんとうにご機嫌な夜でありました。



2nd ステージ・セットリスト
(Blue Note Tokyo website発表による・収録アルバム名&注記は長谷川)

1.Nite Club (Reality Check収録 1995)
2.Signal Path (Tribal Tech収録 1991)
3.Anthem (X収録 2012)
4.Got Faith 'N Phat(X収録 2012)
5.Palm Moon Plaza(X収録 2012)
6.Boat Gig (Face First収録 1993)
7.Foreign Affairs (Reality Check収録 1995)

encore
8.Face First (Face First収録 1993)

encore2(extras)
9.The Big Wave (Illicit収録 1992)

注)上記Blue Note Tokyo Website 発表セットリスト曲のほか、たしか3~6のどこかで
Com Butter (X収録 2012)
を演奏したと思うのですが、詳しいかたいらっしゃいましたら、ご教示いただけるとさいわいです。
by paveau | 2013-03-09 18:51 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ポレージネ地方の田舎の家

二川さんの「日本の民家 1955年」展の講演会を聴いてから、このところ、いろいろ日本の民家関係の本を読んだりしていて思い出しましたが、留学中に手に入れたイタリア・ヴェネト地方ポレージネの農家の写真集があります。
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Casa Rustica in Polesine (ポレージネ地方の田舎の家)
著者
写真 Enrico Renai
文 G.A. Cibotto, Gianfranco Scarpari
構成 Pier Giorgio Canale
出版社 Marsilio Editori(Venezia)
出版年 1980

国際観光都市、水の都ヴェネチアの南西約60kmに位置するロヴィーゴ周辺は水郷地帯といいますか、北はアディージェ川、南はイタリア最大河川ポー川に挟まれたポレージネ (Polesine) 地方と呼ばれ、農業が盛んな地域でもあります。ポレージネという地名は、中世ラテン語で湿地帯を意味する"policinum"に由来するそうです。ポー川河口は広大なデルタ地帯で湿地帯が多く、夏は蒸暑く冬も多湿で霧が出やすい気候です。広大な平野、湿地帯に大小河川や灌漑・交通運輸のためにつくられた運河がめぐり、歴史的には幾度となく河川が氾濫し、戦後も洪水に見舞われて少なからぬ被害が出たこともあったようです。東端のアドリア海沿岸はアルバレッラ島はじめ漁業のほかに、近年は観光やリゾートも盛んなようです。

この本は、ポレージネ地方の(おそらく中農・小農の)民家とそこで暮らす生産農家の人たちを記録した、美しい写真集です。表紙以外すべてざらっとしたモノクロの、ドキュメンタリー・タッチといいますか、実直で飾り気ない写真が魅力的です。キュービックな組石造の外壁に縦長窓、切妻の瓦屋根を架けたシンプルな建物が多いですが、中でも特に、5~6m四方くらいの小さなヴォリュームを基本単位にした、この地域特有の農家に注目して解説しています。それらは19世紀はじめ頃から建てられたようで、ユニークな特徴は、外壁からとびだした「炉」の煙突です。広大な農地や湿地帯の中に、水害などで放棄されたと思われる農家の廃墟も点在していて、歴史と自然とが独特な景観を織り成しています。
by paveau | 2013-03-03 01:40 | 建築の話題 | Trackback | Comments(0)