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長 谷 川 正 允 の ブ ロ グ !

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Signal Sea Fury

今年の夏、久しぶりにラジコン・ヘリを飛ば(そうと?)したり、宮崎アニメ最新作「風立ちぬ」を観たり、所沢航空公園に里帰り中の零戦を見学したりして、自分が飛行機好きなのを思い出しましたが、青春時代、好きだった飛行機のひとつが、このSignal Sea Furyでした。
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(右上)「航空情報」誌1971年2月号グラビア・ページ
    (なつかしい!高校時代のスクラップを出してみた)
(左上)Birch Matthews,"Wet Wings & Drop Tanks",
    1993,p.164.
    (アメリカ大陸横断エア・レース1928-1970)
(右下)Don Berliner,"Unlimited Air Racers",1992,p.66,
   長谷川 註:写真は1967年大陸横断ハロルド・クラブ杯
   (約2,600km)優勝時のオーナー・パイロット
     マイケル・D・キャロル
(左下)High Planes Racers製1/72インジェクション・キット




中学・高校時代、航空雑誌をいろいろ読むのが好きで、特にアメリカ(やカナダ)で第2次大戦・朝鮮戦争後に民間に払下げられたレシプロ軍用機をリサイクル?して再開したアメリカ各地のエア・レースの記事が好きでした。

ホーカー・シーフューリー(Hawker Sea Fury)は、第2次大戦・朝鮮戦争期の英国レシプロ機には珍しい、53,600cc、3,000hpという大型のブリストル製空冷星型エンジン「セントーラス(ケンタウルス)」を搭載した艦上戦闘機です。

Signal Sea Furyは、カリフォルニア、ロング・ビーチ空港近郊シグナル・ヒルで、シグナル・トラッキング・サービスという家族経営会社を営む若社長マイケル・D・キャロル(当時31歳)が、カナダ海軍払下のホーカー・シーフューリーF.B.Mk.11をカナダ人パイロット、R.v.d.フェーケンから1965年夏に譲受けた機体で、取得時は赤地に金ストライプの塗装以外ほとんどストック(無改造)状態だったようです。

キャロルはカナダ(登録番号CF-VAN)から米国へ再登録(登録番号N878M)すると同時に、主翼スパンを約2m短縮、小キャノピー化、燃料積載量を約2.5倍に増強するなど、エア・レース仕様の大規模改造を実施、機首にホットロッド・スタイルの炎を描いた鮮やかな黄色のカラーリングなど、とてもインパクトがあるレース機が誕生したのでした。

キャロルは66年から、Signal Sea Furyを自ら操縦し、67年ハロルド・クラブ杯大陸横断エア・レースで優勝するのですが、翌68年P39を改造したレース機のテスト飛行中に事故死してしまいました。キャロルの死後、Signal Sea FuryはW.S.クーパーに譲渡されて"Miss Merced"と呼ばれるようになり、その後も、71年アルトンP51トーナメント・レース2位などの成績を残しましたが、そのクーパーも飛行機事故で死亡してしまいました。

そういえば、ロールス・ロイスの創始者の1人チャールズ・ロールズさんも飛行機が大好きな人で32歳で飛行機操縦中に事故死しました。

大空を飛びたい!という夢は僕も大好きでありますが、一方でイカロスの墜落を思い浮かべてしまうような、取り憑かれると、どこか狂気と背中合わせな夢だなとも思います。



それはそれとして。

今から40年以上前ですが高校3年だった1972年頃、当時フロッグというプラモ・メーカーからでていたホーカー・シーフューリー1/72キットを手に入れ、このSignal Sea Furyに改造、ちょっとずつぼちぼちと、たしかのべ1年ほどかかったと思いますが、はれて完成しました。

大学に進み、理工学部には模型研究会があって僕も入ったのですが、航空機メーカーでF-4EJなど自衛隊機実機に係っているOBが何人かいらしたり、模型雑誌の作例で有名な人もいらしたりと、かなりハイレベルな同好会でした。入会まもない1年生の夏休みに展示会があって、僕はこのフロッグ1/72改造のSignal Sea Furyを出品したのですが、展示会終了撤収時になんと紛失、関係者の皆さんにずいぶん探してもらったりもしましたが、二度と僕の元へは戻ってきませんでした。かなりショックでしたが、まあ、誰かが気に入ってくれて大事にしていてくれればいいかと思うことにしました。

その後、ホーカー・シーフューリーはいろんなプラモ・メーカーから1/48のキットも発売され、いずれ1/48でSignal Sea Furyを作ろう!と思って、たまに資料など見つけると手に入れたりしているのですが、先日偶然、ネットでいろいろ飛行機のことを調べていたら、1/72のSignal Sea Furyのキットをシンガポールのガレージ・メーカーHigh Planes Racersが販売しているのをみつけ、懐かしさのあまり思わず買ってしまいました(残念ながらあまりお勧めできるクオリティではありません)。別メーカーの1/32の精密なガレージ・キットもあるようですが、実機は単発単座レシプロ機にしては大型なので、つくるとあとがたいへんだろうと思います。
by paveau | 2013-08-30 19:02 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

零戦

所沢の航空公園で展示中の零戦をみてきました。

世界にただ1機だけ現存する、オリジナル中島栄21型エンジンを積んで、飛行可能な零戦52型です。航空機が好きなかたはこの機体、61-120号機(製造番号5357)をご存知のかたも多いかと思います。
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宮崎監督最新アニメ「風立ちぬ」をみて、僕がいちばんがっかりだったのは、いちばん盛り上がるはずの、風が立つ瞬間!といいますか、監督が描いた「白い飛行機」の飛ぶさまにまったく感動しなかったからでした。こういうのはホント理屈じゃないです。

「風立ちぬ」をみて感動したという、飛行機・ラジコンヘリ好きの建築家Mさんと先日、一晩2人でまったりと一杯やりながらそんな話しをしていて、零戦大好きな彼が絶対観に行くのがいい!(彼は「零戦に会いに行く」と言います)というので、所沢まで出かけてみた次第です。

「美しい飛行機」ということで考えますと、子供の頃からどうも、カウル付の空冷星型エンジンのシルエットがあまりピンとこなかったといいますか、しかも旧日本軍の黒塗りカウル軍用機を美しいと思って見たことがなく、零戦は僕にとって、単に数ある傑作レシプロ戦闘機の1つでした。

今日は、最近写真に夢中になっている息子のデジタル一眼nikon D600を借りて、零戦の写真をたくさん撮りましたが、このアングルがいちばんよく撮れたように思います。



見学後、この零戦52型61-120号機のことを少し調べてみました。

1943年5月中島飛行機小泉製作所製、旧海軍第261航空隊所属、44年3月サイパン島配備、同年6~7月米軍上陸・陥落の際、米海兵隊が捕獲した零戦13機?、97式3号艦攻1機のうちの1機(他、エンジン7基?、保守部品多数)。同年7月米海軍空母コパイ(Copahee)でサンディエゴへ輸送。約4ヵ月に渡って軍の評価試験が行われた。

戦後、民間払下、57年アリゾナのPlane Of Fame 航空博物館が取得。77年、栄21型エンジンをレストア、78年6月、米国にて33年ぶりの61-120号機レストア・フライト。同年7月日本へ里帰り輸送、木更津基地にて国内初レストア・フライト。同年8月~79年1月にかけて国内各地を記念飛行しました。

61-120号機は78~79年里帰りの後、1995年にも里帰りフライトをしましたが、個人的に感慨深かったのは、里帰りフライトで操縦したのが、Plane Of Fame 航空博物館の館長スティーブ・ヒントンさんだということでした。

僕の青春時代、1970~80年頃のアメリカのエア・レース、スピード記録なとで活躍した伝説のパイロット、スティーブ・ヒントンさんのことを書き出すときりがないので、この話はまた、別の機会にいたします。
by paveau | 2013-08-24 21:06 | いろいろ | Trackback | Comments(0)

すみだストリートジャズフェスティバル2013 パピーズ@錦糸町 (その2)

本日8月18日(日)、すみだストリートジャズフェスティバル2013の2日目、am.pan(エイエム・ドット・パン)は16:00〜 錦糸町「ライブハウス・パピーズ」に出演してきました。

お客さんにもおおぜい来ていただけて、楽しく盛り上がりました!
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am.panライブ終了後、今年も引続き、錦糸公園メインステージでフライド・プライドのライブを観てきました。去年は横田さんが病気療養から復帰後の初ステージだったので、感激しながら見守った感がありましたが、今年はお二人とも元気一杯、しかもステージ中盤からperc.&drumの人が加わり、去年よりパワフルな、ホントにすばらしい、ご機嫌なステージでした。
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by paveau | 2013-08-19 01:32 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

宮崎 駿 (その2)

宮崎監督の最新アニメ「風立ちぬ」を観てきました。

日本の飛行機のことはよく知りませんが、僕もそこそこ飛行機は好きなほうですし、9試単戦を開発した青年時代の航空機技術者堀越二郎を主人公とし、「紅の豚」以来およそ20年ぶりの空モノ宮崎アニメ!とのことで、楽しみにしていました。

以下、ちょっとネタバレありますので、まだ観ていないかたは、どうぞご注意くださいませ。



前半、関東大震災の様子や、第2次大戦前の日本の街、美しい田園風景や人々の表現・描き方がグッと来るといいますか、とても印象的でした。

お目当ての飛行機はといいますと、ユンカースの全金属機(G.38など?)やカプローニ巨大飛行艇(Ca.60?)といったヨーロッパの飛行機は豪華に描いていましたが、日本の飛行機は意識的にでしょうか、とても淡白に描いていました。

一緒に行った連れは「いい映画だった」といたく感動していましたが、僕は後半がちょっと物足りなかったです。風が立つ瞬間に置いてきぼりにされたような気がしたのは、白い飛行機がどうもしっくりこなかったせいかもしれません。



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S.テグジュペリ「人間の土地」(訳:堀口大學 カバー画(ブレゲXIV)・解説:宮崎 駿、1998、新潮社)


「風立ちぬ」は堀越二郎が主人公でしたが、宮崎監督には、サハラ砂漠を舞台にS.テグジュペリを描いてほしいなと思っていました。

というのは、ちょっと飛行機好きの僕の妄想でした。
by paveau | 2013-08-04 01:06 | 映画 | Trackback | Comments(0)